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東京地方裁判所 昭和63年(行ウ)207号 判決 1990年7月18日

原告 株式会社文英堂

被告 中央労働委員会

参加人 文英堂労働組合

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用(参加によって生じた費用を含む。)は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  中労委昭和六二年(不再)第六〇号事件について、被告が昭和六三年一〇月一九日付けをもってした不当労働行為救済命令を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

第二事案の概要

一  本件紛争の経緯と救済命令の成立

1  昭和五七年一二月九日、原告が団体交渉ルールの設定及びそのルールに基づく団体交渉の促進を求めて京都府地方労働委員会(以下「京都地労委」という。)にあっせんを申請したところ、同委員会は昭和五八年一月三一日、原告の代表者と参加人執行部が団体交渉ルールに関して話し合うよう口頭で勧告し、昭和五九年一二月三日、原告と参加人は、交渉人員につき交渉が円滑に行われるように労使双方で配慮し、必要な場合は話し合うこと等を内容とする協定を締結した。

右協定成立後、昭和六〇年には賃上げ、夏期、年末一時金等に関して一六回の団体交渉が行われ、昭和六一年四月、五月には賃上げ、夏期一時金等に関して六回の団体交渉が行われた。右団体交渉にはたびたび交渉員以外の組合員が傍聴人として参加していたが、交渉員及び傍聴人を合わせた参加人側の団体交渉出席者数は、少ないときで七名、多いときで二二名であった。

2  同年六月一三日原告が申し入れた団体交渉を参加人が拒否し、同月二三日、原告の労務担当者である社長室長が交代したことなどから、原告は、同年七月一四日団体交渉ルールを議題とする予備交渉を申し入れ、この申入れに基づいて同年八月四日、二八日にそれぞれ予備交渉が行われた。右交渉において原告は、傍聴人を入れないこと及び団体交渉員の人数を制限することを提案したが、参加人は、参加人側の団体交渉員の人数、傍聴人の参加については参加人が自主的に判断することであると主張して、交渉は物別れに終わった。

そこで原告は、同年九月一日付けで、今後傍聴人を入れたような団体交渉の席はもたない、正常な団体交渉を希望する、という文書を参加人に提出し、同月三日の参加人からの団体交渉申入れに対し、事前協議に関する会社回答の趣旨に反するとして応じなかった。

3  原告は、同月一八日京都地労委に対して、団体交渉ルールの設定をあっせん事項とするあっせんを申請し、これに基づき、同年一〇月八日、京都地労委のあっせん員から、「労使双方は賃金体系問題及び団体交渉ルールの設定などに関する団体交渉の予備折衝をする」というあっせん案が文書で提示され、あわせて傍聴人はいれないこと及び参加人側の交渉人員は七名とすることが口頭で提示された(提示された交渉人員の数につき、乙第一二号証、第六六号証、第一四〇号証、第一四四号証)。労使双方はこのあっせん案を受け入れた(右あっせんを以下「第二次あっせん」ともいう。)。

同月三一日、団体交渉ルールに関する予備交渉が行われたが、第二次あっせんにおける口頭提示事項につき、原告は団体交渉(本交渉)のルールであるとし、参加人は予備交渉のルールであるとしたため、合意が成立しないまま、交渉は打ち切られた。

4  参加人は、同年一〇月三一日付け、同年一一月一四日付け、同月二五日付け及び同年一二月一日付けで、それぞれ年末一時金に関する団体交渉の申入れをしたが、原告は、いずれに対しても、傍聴人を入れたような団体交渉を行わない、正常な団体交渉を希望する、口頭提示事項に基づく団体交渉ルールの確立が先決である、参加人には団体交渉のルールを設定する意思があるのか疑問である等と回答し、団体交渉には応じなかった。

参加人は、同月五日付けで団体交渉を申し入れ、その際、交渉の傍聴については原告の意向をふまえて配慮する旨を口頭で伝えたが、原告は、同月八日付けで団体交渉ルールのない不正常な交渉を行わない旨を回答した。

5  原告は、昭和六二年一月八日参加人に対して、交渉人員を参加人側七人以内、原告側四人以内とし、傍聴人を入れない、議題については事前に協議すること等を内容とする団体交渉ルールについての協定案を示した。これに対し、参加人は、原告の右協定案は原告の都合ばかりを優先したものであり、参加人の団体交渉権を著しく制約する不当なものである、団体交渉ルールの問題を含めた労使間の協議事項があるので団体交渉に応じるよう回答した。

6  参加人は、同年二月二日付け、同月六日付け、九日付け、一八日付け、三月一二日付けでそれぞれ賃金体系に関する団体交渉を申し入れたところ、原告は、三月一三日付けで団体交渉ルールのない不正常な交渉を行わない旨回答した。

そこで参加人は、同年三月二七日付け、同年四月一日付け、七日付け、一〇日付け、一六日付けでそれぞれ団体交渉を申し入れ、そのうち三月二七日、四月七日、一〇日には傍聴人を参加させない形式の団体交渉を申し入れたが、原告は、いずれも団体交渉ルールのない不正常な団体交渉を行わない旨回答した。

7  参加人は、同月一七日、原告を被申立人として京都地労委に本件不当労働行為救済の申立てを行った(京都地労委昭和六二年(不)第四号事件)。

8  原告は、参加人からの同月二〇日付けの申入れに基づき、同月二二日、賃金体系、春闘要求に関する団体交渉を行った(乙第五二号証、第一一六号証)が、この交渉の交渉人員は、参加人側七名、原告側四名で、傍聴人は参加しなかった。

同月二四日、原告の団体交渉の態度は不誠実であるとの参加人の抗議申入れに対し、原告は、今後も正常な誠実団交を行いたい、それは第二次あっせんの交渉人員七名以内、傍聴人不参加というルールを守って行うことであるとの回答をした。

参加人は、同月二七日付けで、春闘要求に関する団体交渉を行うよう申し入れ、同年五月七日付けで、八名の交渉人員名を通知し、原告は四名の交渉人員名及び交渉時間を参加人に通知していたが、原告は、同日、参加人側の交渉人員は七名に絞るべきで、八名では団体交渉に応じられないとして団体交渉に応じなかった。参加人は、同月一一日付けで春闘要求に関する団体交渉を申し入れ、この交渉には傍聴人を参加させないこと、参加人側交渉人員は八名とすることを通告した。原告はこれに対し、同月一三日付けで交渉時刻、交渉場所について申し入れるとともに、原告が交渉人員について参加人側交渉人員を八名にすることを認めれば、参加人は原告が一月八日付けで申し入れた団体交渉ルール協定案を締結する用意があるか否かについて回答を求めた。参加人は、同月一四日付けで、団体交渉の申入れに対し原告が前記協定案の締結をせまるのは本末転倒であると非難し、参加人が八名の交渉人員で臨む団体交渉に応ずるか否かの回答を求めたが、団体交渉は開かれなかった。

9  京都地労委は、前記事件につき、昭和六二年一一月五日付けで別紙のとおりの主文の救済命令(以下「初審命令」という。)を発した。

原告は、右初審命令を不服として被告に対し再審査申立てをしたが、被告は、昭和六三年一〇月一九日付けをもって、右申立てを棄却し、初審命令を維持する旨の命令(以下「本件命令」という。)を発し、この命令書の写しは同年一一月二日原告に交付された。

二  争点(本件命令の違法性の有無)

1  原告は、京都地労委の第二次あっせんにおいて、団体交渉(本交渉)ルールとして、傍聴人は入れないこと及び交渉員の人数を制限することの二項目が提示され、労使双方がそれを受け入れたにもかかわらず、参加人がこれに従わないのであるから、原告が参加人の団体交渉の申入れに応じないことには正当な理由がある、したがって本件命令は違法である、と主張する。

2  これに対して参加人は、第二次あっせんで提示されたのは団体交渉ルール討議のための予備交渉の条件であり、団体交渉のルールについては合意が成立していないのであるから、本件命令に違法はない、と主張している。

第三争点に対する判断

一  京都地労委における第二次あっせんの内容に関しては、乙第一二号証(原告社長室長塩見悦夫に対する審問速記録)、第一四〇号証(原告総務部長佐宗輝臣に対する審問速記録)には原告の主張に沿う供述記載部分があり、乙第七号証(参加人副委員長吉田明生に対する審問速記録)、第一四一号証(参加人前委員長中井保彦に対する審問速記録)には参加人の主張に沿う供述記載部分がある。また、あっせんに当たった使用者委員の陳述書(甲第一号証)と労働者委員の陳述書(丙第一号証)とが提出されている。右の二通の陳述書は、第三者の供述として重要な証拠というべきであるが、この二つを比較してみると、第二次あっせんの際は、最終段階に至って三名の委員と労使双方が同席したところで、公益委員から前述の傍聴人及び交渉員に関するあっせん案が口頭で示され、労使ともこれを受け入れたことは一致しているが、それ以外の点は、あっせんの手続上の経過でさえ食い違い、肝心の右あっせんにおける口頭提示事項が団体交渉そのものに関するルールであったか、それとも予備交渉のルールを決めたものかについては、甲第一号証が前者であるとするのに対し、丙第一号証は後者であったとし、両者は相反している。右口頭提示事項の内容については、前記の本件紛争の経緯及び団体交渉ルールの設定があっせん事項であった第二次あっせんの際、原告に対する説得が特に難航した形跡はないこと(甲第一号証、丙第一号証)に照らして考えてみると、参加人の主張するように予備交渉のルールに過ぎなかったとするのは、やや不自然であるとの感を拭い切れず、その意味では甲第一号証の方が丙第一号証よりも信用性が高いといえないこともない。しかしながら、本件においては、次に述べるとおり、仮に原告の主張するとおり第二次あっせんの際団体交渉のルールが提示されたとしても、本件命令が違法となるものではないから、この点の事実関係を確定する必要はないというべきである。

二  口頭提示事項が原告主張のとおり団体交渉(本交渉)のルールであったと仮定した場合、本件命令が違法となるか否かを考えてみる。

第二次あっせんにおいては、団体交渉ルールの設定などにつき予備折衝を行うこととされ、原告及び参加人がこれを受け入れたのであるから、原告及び参加人は、予備折衝において右口頭提示事項を内容とする団体交渉ルールについて書面を作成し、労働協約とすることを予定していたものであって、あっせん案の受諾そのものにより法的効力を有する合意が成立するものではないと考えていたということができる。ところが、参加人が予備折衝において、前記のとおり口頭提示事項は予備折衝のルールであると主張したため、交渉が決裂し、原告と参加人との間で第二次あっせんで示された団体交渉のルールを内容とする労働協約が締結されるに至らなかった。したがって、右のルールは、労使間で法的拘束力を有する合意として成立しなかったといわざるを得ない。しかしながら、書面化することが拒否されて協約とならなかったとしても、本件のような経過であっせんを受諾したことにより、後に右のルールを内容とする協約を締結する旨の合意が事実上なされた以上、参加人がそのルールに従わない形態での団体交渉を求めてきた場合には、原告がこれを拒否しても正当な理由があり、不当労働行為の成立を否定する余地があるというべきである。

そこで、本件における第二次あっせん後の参加人からの団体交渉申入れについてみると、前記のとおり、あっせん直後において、参加人は交渉員の人数、傍聴人ともに合意に反する形態の団体交渉を申し入れているが、この申入れはあまりにも当事者間の交渉経過を無視したものといわざるを得ず、原告がこれを拒否したからといって信義則上非難することはできない。しかしながら、参加人は、前記のとおり、昭和六一年一二月五日の団体交渉申入れの際は、傍聴人について配慮する旨伝え、その後、ルールの問題を含めた協議事項につき団体交渉を求め、さらに、翌六二年三月二七日には傍聴人を参加させないとし、同年五月七日には傍聴人は入れずに、交渉員を八名とするとして、団体交渉を申し入れている。原告は、これらの申入れに対し、一貫して前記ルールと異なる団体交渉は正常な団体交渉ではないとの理由で拒否したのであるが、このように参加人において団体交渉開催のための努力をしたにもかかわらず、前記ルールと異なるとの理由だけでいつまでも団体交渉を拒否し続けることができるとするのは、妥当ではない。仮に前記ルールが労働協約として締結された場合であっても、期間の定めがなければ文書で九〇日前に予告することにより格別の理由がなくとも解約することができるのであって、この点を考慮すると、後日労働協約を締結することを合意したとしても、協約締結が拒否された以上、その効果は限定的に考えるべきだからである。

そうだとすると、仮に第二次あっせんにおける口頭提示事項が団体交渉のルールであったとしても、原告が参加人からの団体交渉の申入れを右合意に反するとの理由で拒否し続けたことには正当な理由がなく、原告の団体交渉の拒否は、労働組合法七条二号に該当する不当労働行為であるといわざるを得ない。したがって、本件命令に違法はない。

三  なお、本件命令が維持した初審命令主文は、新たな団体交渉ルールが設定されないことのみを理由として団体交渉を拒否してはならないとの表現を用いているところ、原告は、形式的に新しい団体交渉ルールの協定が締結されていないことを理由に拒否しているのではなく、京都地労委の第二次あっせんにおける合意に従った人数、形態での団体交渉を求めているものであるとして、本件命令の判断が誤っている旨主張している。しかし、前記のとおり、原告は、参加人の団体交渉の申入れを拒否する理由として、団体交渉ルールのない不正常な交渉を行わないと回答しており、これは参加人側の交渉人員は七名とし、傍聴人は入れないことを内容とする団体交渉ルールの協定締結を原告が求めていたものであり、初審命令主文も、原告の右理由に基づく団体交渉拒否を禁じている趣旨と解されるから、これを維持した本件命令に誤りはない。

(裁判官 相良朋紀 長谷川誠 阿部正幸)

別紙

初審命令主文

1 被申立人株式会社文英堂は、新たな団体交渉ルールが設定されないことのみを理由として申立人文英堂労働組合が申し入れた団体交渉を拒否してはならない。

2 被申立人は、下記内容の文書を申立人に提出すると共に、縦一メートル、横一、五メートルの模造紙に墨書し、被申立人本社建物及び支社建物の従業員の見やすい場所に一〇日間掲示しなければならない。

株式会社文英堂は、文英堂労働組合の申し入れた団体交渉に対し、団体交渉ルールが設定されていないことを理由としてこれに応じなかったことが不当労働行為であったことを認め、今後かかる行為はいたしません。

以上京都府労働委員会の命令により誓約します。

昭和  年  月  日

文英堂労働組合

執行委員長 城本律夫殿

株式会社 文英堂

代表取締役 益井欽一

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